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庶民への普及

  江戸時代には明清革命の折りに亡命してきた明人によっててんこくの技法が伝えられた。この時代、印章は庶民にまで普及したが、その背景には、藩庁など行政機構の整備による文書制度の確立や村の発展、商業の発達による帳藩類の整備などにより、印章の使用が習慣化してきたことがあげられる。さまざまな証文に使用される印章は実印と呼ばれ、農民の印は名主に、名主の印は代官に預けることとされ、それに基づいて印鑑帳が作成され、必要に応じて照合できるようにされていた。現在の印鑑登録の原形と言えるものである。
また当時、一般に朱肉の使用は厳しく制限されていた。朱の原料である水銀の産出の減少により、庶民は朱肉を使用することが許されず、墨を用いた墨印で代用していた。朱印状によって外国との交易を許された船を御朱印船と称するのはその重要性を示す一例である。明治時代に入って、認印、実印が広く用いられるようになった。明治6年の太政官布告で実印の捺されていない公文書は裁判上の証拠にならないと布告がだされた。明治政府は律令時代の官印の制度を復活させる一方、欧米のサインの習慣に倣って自署の制度を導入しようとしたが、結果的には失敗に終わり、署名よりも印章を重んじる習慣が定着した。
  ちなみに、印章を判と呼ぶようになったのは中古以後のことで、事物善悪・曲直を判断し、その判決書に印章が捺されたことから印章を判と呼ぶようになった。同時に印判の言葉も生まれたようである。また、「ハンコ」という呼び方は判行から転じたもので、同じく文字を刻した版木と印判を混同したためであると言われている。現在に至るまで印章は着々と発展をつげ、ビジネスに、また日常生活になくてはならない必需品となったわけである。


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